今日は満月を迎えましたが、ちょうど一ヶ月前の満月では、ディジュリドゥ奏者KNOBさんのリトリートを開催しておりました。あれから一ヶ月が経つなんて。そして、その一ヶ月が既に遠くに感じるとは!何て密度の濃い、今この時でありましょうか…
本当は、書き記しておきたいことがまだまだあるのです。でも、絶対に忘れてはならない貴重な体験があり、そのことが尚のこと、今私にとってかけがえの無いないことに思えるのです。
今日は、そのことを分かち合いたいと思いました。
7月のリトリートは、感動の連続で、深い変容のエネルギーを受け取って、皆さん、再誕生Rebornという大きなプロセスを経験されたようでした。そんな中、私もすっかりRebornの氣分になっていたのですが、Rebornの本当の意味を受け取ったのは、その数日後でありました。
それは、命の尊さを知った忘れることの出来ない聖なる学びと美しい思い出です。
私と高志は、是非とも、今回KNOBさんに屋久島のうなぎさんとご対面していただきたくて、タイミングを測っていたんです。それが見事に叶いまして…
リトリートが無事に終了してお祝いをしようと、我が家から直ぐ近くにある二又川上流で、KNOBさんと高志が仕掛けたものが見事にヒット!獲れたうなぎさんは、これまで観た中でナンバーワンの大きさで、誰が見ても、普通のうなぎではありませんでした。その存在は、うなぎ界の長老と言いましょうか、姿も存在感も圧倒的で、うなぎというよりも龍ではないのか!と思ってしまうのでありました。
これには、皆んな驚きを隠せませんでした。


KNOBさんは、うなぎさんが命を全うされるまで共に過ごされて、命をいただく前には、頭と心臓を美しい祭壇にお供えし、感謝と祈りを捧げて下さいました。何度ディジュを吹いたか分からないと仰っていたKNOBさん。
私たちは、7人でその命をいただきました。
出会うことが奇跡のようだったのに、その命をいただくとは…永遠なる命の循環に意識を向け、自らの内側に向き合う聖なるひと時を経験します。
それは、感謝以外の何ものでもありません。私たちは、生きているというよりも、生かされているという神聖さに心を開いていく瞬間でもありました。そうでなければ、このようなうなぎ様の命をいただく許可を宇宙がする訳はなく、その機会を与えられたとことは、それを叡智に変えていかねばならないということでしょう。

そして、涙のお別れは翌朝です。朝から雷が鳴り響く中、私たちは、うなぎさんが天に宇宙に旅立つのを見送るため、うなぎさんが現れてくれたその場所に向かいました。そして、KNOBさんが石笛と五十鈴、ディジュリドゥの音を鳴らし祈りを捧げる中で、うなぎさんの頭と心臓を川にお返しして、弔いの儀式となりました。
一瞬、意識を失ったような、異次元となったあの場所は、神聖さに満ち溢れていました。
天に還ったうなぎは、龍になると言われてるそうです。私たちは、心から感謝と祈りを捧げました。


この時、言葉にならない感情が溢れだし、涙しました。あまりの美しさに深く感動したんです。思いも寄らないことでした。どの位長い間生きて来られたのでしょうか!人間に命を捧げて、生を命を全うされたうなぎさん。その存在に出会えたこと、命を分けていただいたことに感無量でした。
決して忘れることはありません。本当に美しかったのです。人の人生もこうでなきゃ!そして、私もいつかは死ぬのだいうことを実感しました。そのように思えたことこそ、私にとって大きな癒しでした。
死とは、何て美しいのだろうと感じたのです。死と誕生は、重なるものであり、始まりと終わりを告げる聖なる出来事。それは、どちらも光に導かれる命の循環。死とは、新たな次元で生きるための誕生を意味するのであり、死とは悲しむのではなく、すべてを祝福するためにあるのだと感じたのでした。
そんなふうに、色々なことを感じた後、私はとっても元氣が出で来て、自分の中から生き生きとしたエネルギーが出でくるのを感じて、龍になったかも知れないうなぎさんを思い理解したのです。
死を見つめ、死というものを受け容れることこそがReborn、そして再誕生は起こるのだと!
更には、KNOBさんのあらゆる物事に敬意を払い、宇宙の果てまで愛と感謝を音で捧げるお姿から、たくさんの学びを受け取らせていただきました。

私は生きる。人生を美しく生きる。
果てしないこの命を精一杯愛する。
この貴重な経験に、改めて感謝いたします。
真に、ありがとうございました。
最後に、お写真は、KNOBさんのお写真を撮り続けておられるフォトグラファーAkiko Hottaさんのご協力を得ていますこと、お伝えいたします。
富士 ふじ子