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マスターとしての自分

昨日は、ふじ子のクラスに僕も皆さんと一緒に参加させていただきました。

そのでのテーマが、「マスター」でした。

マスターといえば、古今東西の偉大な人々の名前が浮かび、自分とは程遠い存在でしたが、

今回扱ったマスターとは、

自分自身をマスターして生きるということでした。

僕は、最初はとても受け入れ難く、いきなり聖者になるみたいなことは傲慢だとさえ思いました。

なぜなら僕は、掃除が苦手だし―。。

〜だから、〜だから。。

と心の中でひと通り言ったところで、ふと思いました。

僕たちの自己にも偉大なマスターがいるのに、それを脇において、小さな言い訳を理由に蔑ろにしているのではないかと。

そうであればそれは不自然だと。

自分のなかにもあるマスターとしての自分自身を受け入れるということ。

僕の中にいるマスターは神様です。

それは過去にあった誰かのような他人ではなく、自分自身なのだと、改めて思えてきました。

すべての人のなかにあるのだから、ただただそのマスターに生きればよいのだと。

もちろん、そんなことを言っても人間として、様々な出来事と、心の中で起きてくる様々な気持ちの揺れ動きに動揺します。

ですが、その時その時の今に、マスターとしていることを選択すれば、それは最高最善に繋がり、すべての価値ある結果に繋がります。

それが起きたことがあって本当によかったと。。

今まで、天を仰いで神さまを探そうとしていた僕にとって

自らの中に神さまがいた感覚を今回のクラスで思い出させてくれた気がしました。

日々のひとつひとつから、マスターに生きようと、思い、また嬉しくなった今日でした。

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